盃
つらりつらりと 話の流れに
互いが 同じ月の生まれと知った
仲間うちでも 二十歳[はたち]過ぎは互いのみ
しかも郷里も近いという
妙なこともあるものだ
くつくつと喉を鳴らせた僧に
男は 「祝うか」と小さく告げた
改めて祝う歳でも もうあるまいに
この妙な巡り合わせになら構わないが
楽しげに問う僧に 男は
小さく やわらかく笑って告げた
「同じ災厄を生き延び 今 共に齢を重ねられることに」
家族が 多くの縁者が水にのまれた
そして恐らくは 僧もであろう
ただ運が良かったのだと 生き延びた理由は他にない
あの日 無力と絶望に喰われた二人が
けれど今 共に立ち
若い仲間の支えとなり得ることに
「オイラは……まだ難しいのだ」
「そうか」
しかし男の視線の先には
苦笑の声音と 苦みを含んだ”笑顔”があった
……忘れてはいけない事実がある
生きていない彼
生きている自分 その隔たりはこの手が生んだ
一人になったと 狼狽え 憤り
そして真実 独りとなった
かつてと違い 力を手にした
知らぬまに 再び温もりを得た
いつかこの先 この心も変わり
君と 祝い合う日も来るだろうか
黒雲は未だ 晴れる様子も気も見せぬのに
……忘れることのない記憶がある
生きていてくれた
生きていける その現実を喜べる尊さがある
彼女と そして仲間に出会い
そう思える自分が 今此処に在る
冷えた体の重さも この手に残る
短い思い出が 芯を灯している
いつか お前とも「生」を祝い
白藤を肴に 共に酌み交わそう
例え遠くとも 未だ見えずとも
いずれ
必ず来るだろうから
'11/05/21
心にしまっておくことと、忘れてしまうことは別問題。
来ると彼が信じていた日は結局生前中に叶わなかったけども、
二部終了後、彼が生まれ変わるまでの僅かな時間に、
二人飲み交わす機会があって欲しいと願う。
そして良い素材を教えて下さった某方に感謝します。
藤の花言葉「決して忘れない」
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