夜とは違う暗がりの中で
その輝きは 正しく天の光だった
蝕
あちらこちらと 先々で僧の真似事を重ねれば
それなりに 繋がりも生まれるもので
伝い伝いに 居場所を掴まれ
帝の使いに請い願われた
”天より地に現ず星宿”その力で
災厄が降らぬよう 祈って欲しいと
二つ返事で了承し
ではと示された先を見て その笑みが勢いよく引きつった
豪奢な僧衣に 迎えの公達
向かう先は一国中枢に座す 今は懐かしい朱雀廟
近隣の適地にて簡単な儀で充分だからと
前のめりの使いをなだめすかせて
そんな己に 内心苦笑する
伊達に何年も旅慣れてはいない
人を煙に巻く事ばかり上手くなりよってと
友のしかめる顔を思い浮かべて
男は その適地へと向かった
既に国中へ触れは出ているようで
警吏やら兵卒やら 通りは幾分慌ただしい
街が 常ならざる事へ備え 張り詰めている
案内された建物の一角に ひっそりと立つ小さな祠[ほこら]
館の主人のもてなしで
今宵の宿は ここに落ち着いた
予測の時まで後数刻
まだ夜明けには程遠い頃 男は寝室を抜け出した
中庭を横切り 呼ばれたように向かった先には
既に 祠の前に祭壇が組まれている
気の流れが昼間と異なる事に気付いて
男は 空を仰ぎ見た
雲間から覗く 煌々とした月
小さな足音に振り向けば 祠の側に子供が一人立っていた
ここの子なのか尋ねれば 月を見上げて彼は頷く
子供はまだ寝ていなければと言えば 小さくいやいやと首を振る
困ったように嘆息して 男は子供を呼び寄せた
祭壇の前に座せば その膝の間に彼はごくごく自然に収まった
そのうち眠くなるだろうと諦め 男はゆるく印を組む
ぼうと 周囲に薄赤い光が漂う
常ならざる時を迎える そう感じ取った草木や動物 様々な気配
それらを宥めるように 気を言霊を繰り出して
膝の間の子供が目を見開いて己を見ている
完全に目を覚まさせてしまったと 吐き出したのは後悔の息
ならば仕方ないと 気を途切れさせぬようにはしつつ声を掛ける
いくつなのだ
……ごさい
いつもこんな時間に起きてるのだ?
ううん、はじめて
今はあまり出歩かない方が良いのだ 言われなかったのだ?
いってた
……
でも、呼んでた
呼んでた?誰が?
おじさん と
おじさんは呼んでないのだ……と?
無言で彼が指さす先は 目の前の祠
収められているのは 仏像でも玉でもない小さな器
蓋を開いて 男は僅かに固まった
そうして 振り向き子供を見つめる
……わかったのだ オイラの側にいておくのだ
うん ……ありがとうございます
にこりと笑った小さな顔を 知らず胸に抱き寄せた
闇が藍に変わり 白に変わり 払暁が射し
ざわざわと木々が騒ぎ始める
ややとろんとした目つきで空を見上げた子供の視線を
印を組んだまま 男はそっと片手で塞いだ
薄雲が走る白んだ空が 再び巻き戻されていく
夜とは違う 常ならざる闇
くらいよ
暗いのだ けど直接見てはいけないのだ
どうして
これから 日が欠けてくるから
どうして
月が日を隠してしまうのだ
何年かに一度訪れるそれは こちらもあちらも同じらしい
ただ常ならざる闇は気を乱し 乱された気は世界を乱す
生者も死者も そして人ならざるものも
恐らく四国全ての寺院や廟にて
この時この瞬間 多くの祈りが捧げられている
災いが最小限に抑えられるようにと
けれど もぞもぞと身じろいでいた子供は
男の手を外してしまい わぁと零れるような歓声を上げた
つられ 男も空を見上げる
結界となった赤い気の壁 その向こうに漂う闇の気
そして空の片隅 闇の中で燦然と輝く白光の天輪
きえないね
日の輝きは大きいから 月は全部隠しきれないのだ
きれいだね
ああ 綺麗なのだ
……いつか みせてもらった”しゃしん”とおなじですね
ああ ……懐かしいのだ
黒い月も白い太陽も 何年かに一度は必ず訪れる
その度に世界は乱され 気はざわめき
人々は常ならざる輝きを認め 見惚れる
かつて 天文の書を読む彼らを見つけた少女が
話を聞いて ”りゅっく”とやらから一冊の書物を取り出した
異なる世界での同じ現象について
あの時は随分話が盛り上がったものだ
やがて輝きは薄れ 代わりに空に明るさが戻ってくる
ゆるゆると戻り始める世界の気配に 子供は男に視線を合わせた
会えるとは思ってなかったのだ
ぼくもです もともとわずかにのこされたかけらですから
もう眠るのだ?
はい ぼくのきおくはこのちでねむります……でもそのまえに
だ?
たんじょうび おめでとうございます
だ??
あれ きょうだったときおくしているのですが
そうなのだ でも……ありがとう、覚えていてくれて
乱されたものを正すように 凛とした朝の空気が立ち籠める
身を潜めるべき時は過ぎ
館から主人と奥方が転げ出るようにこちらへ向かってくる
道輝との呼び声に 男は微笑む
膝の間で子供は やわらかな笑みを浮かべ寝入っていた
'12/05/21
誕生日おめでとう井宿。
今年は欲張って、企画サイト様のお題全部詰め込んでみました。
祠に残された何かが、気に呼ばれて子供に宿り、
おめでとうの言葉を伝える。そんな流れで。
今年5月21日朝、天気予報不安ですが金環日食が見えますように。
ちなみに組み込んだのは「井宿+接点ないキャラ」
→張宿兄夫婦とその子供(息子)
「原作(二部)から五年後」→なので息子5歳
ついでにせっかくなので金環日食ネタも追加で……欲張り過ぎた;
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