兄さん
私は あなたに
生きてほしい
兄
あの晩 帰宅した兄は
食も取らず 自室に隠った
面のように動かない顔
時折聞こえる「何故……」の一言は
父と母さえ 黙らせた
風は 徐々に唸りをあげ
私たちは
とうとう朝日を見ることはなく
「きっと大丈夫」
僅かな不安はあったけど
確かなことは 何も知らなかったけど
ただ私たちはそう言い合った
だから
「…ちょっと、彼女の家に」
いつもの笑顔でそう告げられた時
誰も 何も気付かなかった
いつもまっすぐな深紅の瞳が
篝火のように 揺らめいていたこと
彼女の家を出た後 あなたが
露天商の置き忘れた短刀を
右手に握り 立ち去ったこと
知らなかった
そして
後に知った
朱い光に包まれた兄が
赤い鮮血に身を染めて
川縁で慟哭したことを
天の鏡で 全てを知った
……兄さん
偶然だろうが 必然だろうが
あなたは助かり 私は『死んだ』
数え切れない人が亡くなった中で
兄さん
あなたは生き残ったの
父でも 母でも 私でもなく
私は ………あなたを恨まない
私は
あなたを決して死なせはしない
身を投げ
彼らに会いに来たあなたを
私は岸へ追い返した
「実の兄に、冷たいことだ」
「人情の欠片もないんだね」
「ひと思いに、楽にさせてあげれば」
「逢えばいいだろ、ひと目だけでも」
五月蠅い
私の何がわかるというの
兄の 何がわかるというの
五月蠅い五月蠅い
お願い 黙って
だって私は
でないと 私は
兄さん
私はあなたを恨まずにはいられない
あなたに地獄を強いてしまうけど
こちらに来ることは 許さない
許せない
「今、あなたは生きてるくせに……。」
生き残ったその痛み 今の私は知るすべもない
後に遺した悲しみを 知らせることも私はしない
ただ 私は祈るだけ
「どうか、自ら命絶つことなく……、
心病むことなく、笑んで生きて」と願うだけ
あなたは 私のたった1人の『兄』だから
あの人達の想いを 伝えることは出来ないけれど
代わりに 見守り続けることは出来るから
見守り 祈り続けるしか もう
今の私には出来ないから
もう一度 人の温もりを信じて欲しい
もう一度 心の底から笑んで欲しい
そうしたら
私は何の迷いもなく
あなたを忘れ 生まれ変わる
例え 前世の記憶を無くしても
あなたのことを忘れても
朱雀の加護を受けたあなたが
その天寿が尽きるまで
私の祈りは 誰も消せない
'06,03,30,
(念のため)私の脳内設定時系列は、
二人を目撃→一時帰宅→彼女に問い質し→…→川縁で二人。
己が死んだという悲しみ、何故兄が生き己が死んだという憎しみ、
そんな負の感情もあったとは思う。けれど、
最後には生きて欲しいと、彼女がそう思ってくれていると嬉しい。
……最後まで「兄さん」か「兄上」で悩みました(笑)
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